セミナーの内容
□第24回リゾナーレ室内楽セミナー
研修期間:2014年3月30日(日)~ 4月4日(金)
会場:リゾナーレ八ヶ岳山梨県北杜市小淵沢町
講師:岡山 潔(ヴァイオリン)東京藝術大学名誉教授
服部芳子(ヴァイオリン)愛知県立芸術大学名誉教授
山口裕之(ヴァイオリン)桐朋学園大学、東京音楽大学客員教授
川崎和憲(ヴィオラ)東京藝術大学教授
山崎伸子(チェロ)東京藝術大学教授
河野文昭(チェロ)東京藝術大学教授
Quatour L’espace
鍵冨弦太郎(Vn.)桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコース修了
小形 響(Vn.)桐朋学園大学卒業
福井 萌(Va.)桐朋学園大学大学院、桐朋オーケストラアカデミー修了
湯原拓哉(Vc.)桐朋学園大学卒業
【受講曲】L.v.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 変ロ長調 Op.18-6
岡本 Quartet
岡本誠司(Vn.)東京藝術大学在学中
荒井 優利奈(Vn.)東京藝術大学在学中
小室 明佳里(Va.)東京藝術大学在学中
蟹江慶行(Vc.)東京藝術大学在学中
【受講曲】L.v.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 へ長調Op.18-1
添田Quartet
添田みちる(Vn.)東京藝術大学在学中
阪永珠水(Vn.)東京藝術大学在学中
立石 さくら(Va.)東京藝術大学在学中
信田夏実(Vc.)東京藝術大学在学中
【受講曲】J.ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ短調「五度」 Op.76-2 Hob.Ⅲ-76
Quartet Solido
小山あずさ(Vn.)東京藝術大学在学中
宮本有里(Vn.)東京藝術大学在学中
渡部咲耶(Va.)東京藝術大学在学中
佐々木 夏生(Vc.)東京藝術大学在学中
【受講曲】J.ハイドン:弦楽四重奏曲 ハ長調Op.74-1 Hob.Ⅲ-72
三輪Quartet
三輪莉子(Vn.)東京藝術大学在学中
武田桃子(Vn.)東京藝術大学在学中
松川智樹(Va.)東京藝術大学在学中
田辺純一(Vc.)東京藝術大学大学院在学中
【受講曲】F.メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 ヘ短調 Op.80
Lemoned Quartet
倉冨亮太(Vn.)東京藝術大学在学中
大倉礼加(Vn.)東京藝術大学在学中
戸原 直(Va.)東京藝術大学在学中
広田勇樹(Vc.)東京藝術大学在学中
【受講曲】L.v.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 ニ長調 Op.18-3
Quartet Risata
龍野満里恵(Vn.)東京音楽大学卒業
中村響子(Vn.)桐朋学園大学研究科、桐朋オーケストラアカデミー修了
萩谷 金太郎(Va.)桐朋学園大学大学院修了
宮尾 悠(Vc.)東京音楽大学大学院修了
【受講曲】L.v.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 変ホ長調「ハープ」Op.74
Quartette Soleil
平野悦子(Vn.)東京藝術大学卒業
東山加奈子(Vn.)東京藝術大学卒業
高橋 梓(Va.)東京藝術大学大学院修了
太田陽子(Vc.)東京藝術大学卒業
【受講曲】F.シューベルト:弦楽四重奏曲 ニ短調「死と乙女」D810
Cocotte 弦楽四重奏団
平光真彌(Vn.)愛知県立芸術大学大学院修了
久米浩介(Vn.)愛知県立芸術大学卒業
新谷歌(Va.)愛知県立芸術大学卒業
荒井結子(Vc.)ハンブルク音楽大学
【受講曲】W.A.モーツァルト:弦楽四重奏曲 変ロ長調「狩」K.458
優秀賞・奨励賞受賞グループ
優秀賞:
Cocotte 弦楽四重奏団
Quartette Soleil
奨励賞:Lemoned Quartet
2014年5月17日(土)15時開演
公開レッスン&コンサート
講師:
Leipziger Streichquartett/ライプツィヒ弦楽四重奏団
Stefan Arzberger/シュテファン・アルツベルガー(ヴァイオリン)
Tilmann Büning/ティルマン・ビューニング(ヴァイオリン)
Baues Ivo/バウエス・イーヴォ(ヴィオラ)
Matthias Moosdorf/マティアス・モースドルフ(チェロ)
1988年ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者たちによって創設され、93年クァルテットとして独立。ミュンヘン国際コンクール第2位(1位無し)。91年ブッシュ兄弟賞、92年ジーメンス音楽賞受賞。CDでは広範囲なレパートリーの録音を行っており、数々の賞を受賞。ヨーロッパ各地、日本を中心に演奏活動をおこなっている。東京藝術大学招聘教授。
□受講生
Quartette Humoreske
山本美樹子(Vn.)東京藝術大学大学院博士課程修了
對馬哲男(Vn.)東京藝術大学大学院修了
脇屋冴子(Va.)東京藝術大学大学院修了
佐古健一(Vc.)東京藝術大学大学院修了
【受講曲】F.シューベルト:弦楽四重奏曲 ハ短調「断章」 D703
□コンサートプログラム
L.v.ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 ニ長調Op.18-3
シューベルト:弦楽四重奏曲 イ短調「ロザムンデ」 D804
2014年6月15日(日)15時開演
公開レッスン&コンサート
講師:
Ishizaka Danjulo/石坂団十郎(チェロ)
4歳でチェロを始め、ベルリン芸術大学において、B.ペルガメンチコフ、T.ツィンマーマンのもとで研鑽を積む。ミュンヘンのARD国際コンクール、G.カサド国際コンクール、ルトスラフスキ国際コンクール等に優勝、ベルリンのエマヌエル・フォイヤーマン・グランプリで優勝した後、ウィーン、東京、ニューヨーク、ロンドンでデビュー。世界の主要オーケストラ、世界的な指揮者と協演を重ねる。著名な演奏家たちと室内楽でも共演。バーゼル音楽院、ベルリン芸術大学教授。
鈴木慎崇(ピアノ)
東京藝術大学卒業。第71回日本音楽コンクール第1位。オーケストラとの協演の他、室内楽、リサイタルの共演などアンサンブルピアニストとしても、またオーケストラの鍵盤楽器奏者としても活躍。東京藝術大学、武蔵野音楽大学の非常勤講師を務め、現在洗足学園音楽大学非常勤講師。
□受講生
1) 佐藤晴真(Vc.)東京藝術大学附属音楽高等学校2年
加藤美季(Pf.)東京藝術大学2年
2) 稲本有彩(Vc.)東京藝術大学3年
町田美弥子(Pf.)東京藝術大学弦楽科非常勤講師
【受講曲】J.ブラームス:チェロとピアノのためのソナタ第2番 ヘ長調 Op.99
□コンサートプログラム
ブラームス:チェロとピアノのためのソナタ第2番 ヘ長調 Op.99
ブラームス:チェロとピアノのためのソナタ第1番 ホ短調 Op.38 より第2楽章
2014年7月20日(日)15時開演
レクチャー&コンサート
講師:
藤本一子(音楽学)
国立音楽大学大学院修了、ウィーン大学留学。18~19世紀ドイツ・オーストリア音楽史、とくにR.シューマンを中心とするロマン派音楽を研究。「R.シューマン≪ピアノ五重奏曲≫Op.4の成立史研究」により博士学位。主著に『シューマン』(大作曲家・人と作品 音楽之友社)、共著に『モーツァルト事典』『ベートーヴェン事典』(東京書籍)『ベートーヴェン全集』(講談社)。国立音楽大学教授、東京藝術大学講師。2012年から年2回「ロマン派音楽レクチャー・コンサート」主催。
演奏:
阪田知樹(ピアノ)東京藝術大学在学中
倉冨亮太(ヴァイオリン)東京藝術大学大学院在学中
戸原直(ヴィオラ)東京藝術大学在学中
伊東 裕(チェロ)東京藝術大学在学中
□コンサートプログラム
シューマン:ピアノ四重奏曲 ハ短調 Oeuv.V(Anh.E1)第4楽章(1828/29年作曲)
シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調 Op.47 (1842年作曲)
2014年8月24日(日)15時開演
公開レッスン&コンサート
講師:
野平一郎(作曲、ピアノ)
東京藝術大作曲科を卒業し、同大学院修了。パリ国立高等音楽院で作曲とピアノ伴奏法を学び卒業。作曲家としてはフランス文科省、IRCAMからの委嘱作品を含む多くの作品が国内外で放送されている。また演奏家として国内外の主要オーケストラとの協演、多くの名手たちとの共演など、精力的な活動を行っている。中島健蔵賞、サントリー音楽賞、芸術選奨文部科学大臣賞等受賞。2012年紫綬褒章受賞。「ベートーヴェン ピアノ・ソナタの探求」上梓。静岡音楽館AOI芸術監督、東京藝術大学教授。
共演:秋本悠希(声楽・メゾソプラノ)
第17回コンセールマロニエ21、2019年リチャード・ルイス・アワードで優勝。東京藝術大学大学院修士課程修了、同大学院後期博士課程に在籍。英国王立音楽院修士課程オペラ科で研鑽を積む。オペラを中心にした活躍を始めている。
□受講生
1) 藤田尚子(Vn.)桐朋学園大学卒業
清水 史(Pf.)桐朋学園大学研究科1年
2) 巌崎友美(Vn) 英国王立音楽院卒業
森田ひかり(Pf) 東京学芸大学卒業
3) 山本美樹子(Vn) 東京藝術大学大学院室内楽科非常勤講師
岩下真麻(Pf) 東京藝術大学卒業後、同大学別科在学中
【受講曲】M.ラヴェル:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(1927)
□コンサートプログラム
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ
ラヴェル:メゾソプラノのためのシェエラザード
2014年9月15日(月・祝)15時開演
公開レッスン&コンサート
講師:小林道夫(ピアノ、チェンバロ、指揮)
東京藝術大学楽理科を卒業後、ドイツのデトモルト音楽大学に留学、研鑽を積む。ピアノ、チェンバロ、室内楽、指揮など多方面にわたり活躍。世界的名伴奏者であったジェラルド・ムーアと比肩するとまで言われ、世界の名だたる演奏家たちと共演。サントリー音楽賞、ザルツブルク国際財団モーツァルテウム記念メダル、モービル音楽賞などを受賞。国立音楽大学教授、東京藝術大学客員教授、大阪芸術大学大学院教授などを歴任。大分県立芸術短期大学客員教授。
共演:桐山建志(ヴァイオリン)
東京藝術大学を経て、同大学院修了。フランクフルト音楽大学卒業。1998年第12回古楽コンクール「山梨」第1位。1999年ブルージュ国際古楽コンクール第1位。CD多数。ベーレンライター社より星野宏美氏との共同校訂による『メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタ全集』を出版。愛知県立芸術大学准教授、フェリス女学院大学講師。「松本バッハアンサンブル」コンサートマスター、エルデーディ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者。
□受講生
1) 田中李々(Vn.)東京藝術大学卒業、現在同大学院2年在学中
伊藤順一(Pf.)東京藝術大学入学、パリ・エコールノルマル音楽院卒業、現在、パリ国立高等音楽院伴奏科に在学中
【受講曲】J.S.バッハ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第3番 ホ長調 BWV1016
□コンサートプログラム
J.S.バッハ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番 ロ短調BWV1014
J.S.バッハ:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第3番 ホ長調 BWV1016
2014年10月19日(日)15時開演
レクチャー&コンサート
講師:青柳いづみこ(ピアノ)
東京藝術大学卒業。国立マルセイユ音楽院首席卒業。演奏と執筆を両立させる希有な存在として注目を集める。演奏ではジョヴァニネッティとのデュオで国内外において活躍。1989年論文「ドビュッシーと世紀末の美学」で学術博士号を取得。平成2年度文化庁芸術祭賞、第9回吉田秀和賞、第49回日本エッセイストクラブ賞、講談社エッセイ賞、ミュージックペンクラブ音楽賞受賞。大阪音楽大学教授、神戸女学院大学講師。
共演:Christophe Giovaninetti/クリストフ・ジョヴァニネッティ(ヴァイオリン)
古典、フランス近代音楽を中心に研鑽を積む。イザイ弦楽四重奏団(1984~1995)、エリゼ弦楽四重奏団(1995~2013)を主宰。エヴィアン国際コンクール優勝。数々のCD録音を行い、世界各地で演奏活動を展開。クァルテット以外の室内楽奏者として、世界の著名な演奏家たちと共演。パリ国立高等音楽院教授。
□コンサートプログラム
ピエルネ:子供のためのアルバム
ピエルネ:ヴァイオリン・ソナタ Op.36
ドビュッシー:デルフの舞姫たち、沈める寺
ドビュッシー=ハルトマン:巷に雨の降るごとく、ミンストレル
ドビュッシー=ロケ:レントより遅く
ドビュッシー=オーレッジ:セレナーデ
ドビュッシー:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
2014年11月16日(日)15時開演
公開レッスン&コンサート
講師:安永徹(ヴァイオリン)
市野あゆみ(ピアノ)
講師の急病のため、中止
2014年12月7日(日)15時開演
レクチャー&コンサート
講師:前田昭雄(音楽学)
東京大学文学部哲学科で美学を学び、1958年同大学院修士課程修了。ウィーン大学哲学科で音楽学を専攻、同時にウィーン国立音楽大学でH.スワロフスキーに指揮法を師事。1967年哲学博士を取得。シューマン研究の第一人者。チューリヒ大学講師、ベルン大学、バーゼル大学、ミュンヘン大学で教鞭を執り、1997年よりハイデルベルク大学教授。大阪芸術大学教授、国立音楽大学招聘教授を歴任。上野学園大学学長、ウィーン大学名誉教授。
演奏:
岡本誠司 (ヴァイオリン) 東京藝術大学在学中
荒井優利奈(ヴァイオリン) 東京藝術大学在学中
小室明佳里(ヴィオラ) 東京藝術大学在学中
蟹江慶行(チェロ) 東京藝術大学在学中
□コンサートプログラム
W.A.モーツァルト: 弦楽四重奏曲 ニ短調K.173
W.A.モーツァルト: 弦楽四重奏曲 ニ短調K.421
2015年1月12日(月・祝)15時開演
コンサート
演奏:高野耀子(ピアノ)
パリに生まれ、4歳からピアノを始める。15歳で東京音楽学校に入学、3年後パリに戻り、19歳でコンセルヴァトワールをプルミエ・プリで卒業。その後ドイツのデトモルト音楽院でH.リヒター・ハーザーに師事。1954年ヴィオッティ国際コンクールで優勝。以後ヨーロッパ各地の主要オーケストラと協演を重ねるなど活発な演奏活動を行う。1965年から4年間A.B.ミケランジェリの薫陶を受ける。1979年帰国、東京を中心に各地でオーケストラとの協演をし、リサイタルを開催、現在にいたる。
□コンサートプログラム
W.A.モーツァルト:ピアノ・ソナタ ニ長調 K.311
W.A.モーツァルト:ロンド イ短調 K.511
ショパン:華麗なる変奏曲 変ロ長調 Op.12
フォーレ:3つのノクターン Op.33
ラヴェル:ソナチネ
ラヴェル:水の戯れ
2015年2月14日(土)15時開演
レクチャー&コンサート
講師:
後藤勇一郎(ヴァイオリン)
東京藝術大学附属音楽高校を経て同大学入学。1989年より6年間ヴィヴァルディ合奏団コンサートマスターを務める。ソロアーティスト、室内楽奏者として在京オーケストラ、東京ポップスオーケストラのコンサートマスターなど幅広い分野において活躍中。自らのバンド"the Dynamites"ではライブ、ホールコンサート、アルバム制作、CMへの楽曲提供など多角的な活動を行う。
共演:
杉浦清美(ヴァイオリン)
東京藝術大学卒業後、東京ヴィヴァルディ合奏団メンバーとして5年間活躍。現在は室内楽奏者やソリストとしての活動のほか、様々なスタイルのコンサート、ライブ、レコーディング、ミュージカル公演等で活躍。
□コンサートプログラム
後藤勇一郎:SAKURA-Hakanaku
モンティ/編曲:後藤勇一郎:チャルダッシュ
ルグラン/編曲:後藤勇一郎:シェルブールの雨傘
後藤勇一郎編曲:ディズニーメドレー
後藤勇一郎:Glorious Season’s Poetry
A.C.ジョビン/編曲:後藤勇一郎:One Note Samba
エルガー/編曲:後藤勇一郎:愛の挨拶
後藤勇一郎:Sleet from Snow
後藤勇一郎:ワルツ組曲「私季」より・Wintry Waltz
後藤勇一郎:ワルツ組曲「私季」より・Haltz
2015年3月22日(日)15時開演
コンサート
演奏:
西川茉利奈(ヴァイオリン)東京藝術大学大学院修了、ベルリン芸術大学卒業
吉武 優(ピアノ)東京藝術大学大学院在学中
□コンサートプログラム
L.v.ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第5番 へ長調「春」 Op.24
シューマン:3つのロマンス Op.94
メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタヘ長調 1839
セミナーレポート
シューベルトの弦楽四重奏曲
2014年5月17日(土) スタジオ・コンチェルティーノ
講師 ライプツィヒ弦楽四重奏団
ライプツィヒ四重奏団はこのセミナー3回目の登場となる。この日の受講曲はシューベルトの弦楽四重奏曲第12番「断章」ハ短調D703。そして受講者は提出された録音が優秀で、印象的だった若手のフモレスケ四重奏団である。今日はこの短い曲をじっくり時間をかけて検討したい。岡山潔・TAMA音楽フォーラム代表のこのような紹介があってセミナーは始まった。第一ヴァイオリン山本美樹子、第二ヴァイオリン對馬哲男、ヴィオラ脇屋冴子、チェロ佐古健一と4人全員が東京芸大で学び、活発な活動を始めているフモレスケ四重奏団はまず「断章」を通して演奏した。
これに対して、ライプツィヒSQの4人から様々な意見が出され、楽器を持っての熱心な指導が行われた。そのなかで、受講生の演奏が次第に息づき、しなやかさを増していくありさまが見て取れた。指導は専門的かつ綿密を極めたが、その中で、印象に残った内容を取り出して以下に記録しておく。
*
全体としてもっとダイナミックの幅を広げること。この10分の曲に詰まっている内容を適切に表現するためにその幅が必要だ。
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この曲の冒頭をあなたたちはどのように考えているか。とらえ方は二通りあると思う。ひとつはドラマティックに緊張感を持って始める。もう一つは神秘的で何もないようなところから音楽が生起するように表現する。どちらを選ぶか。この質問に対して、フモレスケSQを代表して第一ヴァイオリンの山本さんが前者の緊張感を取りたいと答え、ライプツィヒ側もその通りと賛同した。
*
シューベルトの音楽は白黒はっきりとせず、そのどちらとも言い表し難い面があり,それがシューベルトの特徴だ。
*
緊張するのはいいが緊張しすぎて引き攣らないように。スタッカートでなくピアニッシモで、最弱音からクレッシェンドへ。それを4人で形成する。クレッシェンドへ行く途中、もっと弓幅を使って駆け上がること。第一ヴァイオリンは手ではなくもっと腕を使った方がいい。
*
この曲の冒頭の演奏はシューベルトの中でも最も表現が難しい。(セミナーの別のところでも、第一ヴァイオリンのアルツベルガーさんがこの曲の演奏のむずかしさを強調していた)。
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27小節からの第二主題の第一ヴァイオリンの歌にリズムを刻むあとの3人が同じラインをたどっている。同化しているというか「友好的」過ぎると思う。シューベルトはそれを望んでいただろうか。ここは同化せず、コントラストをつけた方がいいのではないか。つまり伴奏ではなく、独立した声部として演奏したい。むかし、アマデウスSQの連中がここのところを必死になって、緊張して抑圧されたように表現していた。それを実現するには第二ヴァイオリンとヴィオラは弓を短く使いぼやけないように演奏するといい。音は控えめに。たとえ、第一ヴァイオリンと残る声部との表現にずれができても、それがかえって緊張感を高めることがある。
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第二主題の第一ヴァイオリンの歌がオクターブ上がるところはこれまでと違う世界が開けるのだ。同じように聞こえない方がいい。第二主題のチェロの歌は内面的によく歌うように。
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刻々と変わるハーモニーの移り行き、その表情がもっと出るといいが。これはただのきれいな世界ではない。これは「未完成交響曲」にも通じるシューベルト的な「移ろいの表情」なのだ。
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これを実現するのは至難の業といえる。今日はこのむずかしさをどうするか。幾分なりとも明らかになったのではないか。
以上でセミナーは終わり、15分の休憩の後、コンサートに移り、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第3番ニ長調とシューベルトの弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」イ短調D804をライプツィヒ四重奏団が演奏した。ともにダイナミックな力演で満員の聴衆から熱心な拍手を浴びた。
ライプツィヒ四重奏団はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者によって1988年に創立。ミュンヘン・コンクール第2位(1位なし)など数々の国際賞を受賞、世界第一級の四重奏団としての評価を高めている。近年は毎年来日し、日本の室内楽ファンの高い支持を得ている。現在のメンバーは第一ヴァイオリン:シュテファン・アルツベルガー、第二ヴァイオリン:ティルマン・ビューニング、ヴィオラ:イヴォ・バウアー、チェロ:マティアス・モースドルフ。(記録者:西谷晋)
ブラームスのチェロとピアノのためのソナタ
2014年6月15日(土) スタジオ・コンチェルティーノ
講師 Danjulo Ishizaka
2014年6月15日(日) スタジオ・コンチェルティーノ
今を時めく、というべきか、人気も実力も世界トップレベルのチェリスト、石坂団十郎さんの登場である。ご存知の方には言うまでもないことだが、日独混血で、ドイツを本拠にして世界で活躍し、2011年からは名門ドレスデン音楽大学教授として後進の指導にも当たっているこの人の氏名の表記は、本来「ダンジュウロウ・イシザカ」であるべきなのだが、ここでは便宜上「石坂さん」と書かせていただく。
公開レッスンは日本語で行われたが、彼にとってやはり「母国語」はドイツ語であり、時おり日本語の音楽用語や微妙なニュアンスの言い回しが出てこないと、ドイツ語になり、岡山さんが「通訳」することになる。だからといって分かりにくいということは全くなく、受講生たちは目を輝かせて石坂さんの指導に聴き入っていた。以下、1組目の佐藤晴真君(チェロ、東京藝術大学付属音楽高校2年)と加藤美季さん(ピアノ、東京藝術大学音楽学部2年)、2組目の稲本有彩さん(チェロ、東京藝術大学3年)と町田美弥子さん(ピアノ、桐朋学園音楽大学卒、マンチェスター北王立音楽院ディプロマコース及び演奏家コース修了)にレッスン終了後話してもらった感想を含めながら、公開レッスンの模様を再現していこう。
受講曲は、ブラームスのチェロとピアノのためのソナタ第2番ヘ長調 作品99。波立つようなピアノの響きに乗って、2拍目の裏からチェロが朗々と弾き始める冒頭部分は、この曲の「キモ」と言っていいだろう。「ピアノはもっと堂々と。5度、8度の音程の間隔をもっとくっきりさせたほうがいいと思う」と言いながら、石坂さんはいきなりピアノを弾き出した。これには加藤さんも驚いたようで、「びっくりしました。ピアノもあんなに弾けちゃうんですね」と感想を漏らしていた。
ブラームス晩年の名曲は、高校2年生には荷が重いように思われたが、佐藤君は物怖じせず第一楽章を弾ききった。「5小節目から、3回繰り返される同じ音型のフレーズは、付点のリズムをあまり強くせず、音の強弱の変化をもっとつけて」という具合に、一度通して演奏した後は、石坂さんの細かい指摘が次々に出てくる。
受講の感想を聞くと、佐藤君は「とても勉強になりました。とくに、曲のコウチクリョクが大切なんだなあ、と」。ちょっと耳慣れない言い回しだが、「構築力」ということなのだろう。さらに「ヴィブラートはまだまだ僕の課題です」「フレーズに応じて、色々な、違った音を出すようにしないと」と、取り組むべきことがちゃんと判っているのが素晴しい。
2組目の稲本・町田組は、予定されていたピアニストが参加できなくなったとかで急きょコンビを組んだのだそうだが、とてもそうは思えない演奏ぶりだった。ここでも石坂さんは「音の量が足りない」「繰り返しは、ただ繰り返すのでなく、ニュアンスの変化をつけないと」と、細部にわたって注文をつけた。さらに、腕と手首の使い方、長調と短調の弾き分け、などについての指摘は、チェリストにもピアニストにも大いに参考になった筈だ。留学経験のある町田さんが「音楽といつも一緒に生きているヨーロッパのダイナミズムを痛感しました」と話していたのが印象に残る。
公開レッスンの後は、ピアノに鈴木慎崇さんを迎えて、石坂さんが第2番ソナタ全楽章と、ソナタ第1番の第2楽章をダイナミックに演奏して、満員の聴衆の大きな拍手を浴びた。 (舟生素一)
J.S.Bachのヴァイオリンとチェンバロ(ピアノ)のためのソナタ その1
2014年9月15日(祝・月) スタジオ・コンチェルティーノ
講師 小林道夫
文字通りのピアノとチェンバロの大家、小林道夫先生がこのソナタ全6曲を3回に分けて開くセミナーの1回目である。ヴァイオリンは古楽の分野でも幅広い活躍をしている桐山建志先生で、公開レッスンのあとのコンサートで、二人がソナタ第1番BWV1016ロ短調と同第3番BWV1016ホ長調を演奏した。
公開レッスンの受講者はヴァイオリンが東京芸大大学院在学中の田中李々さん、ピアノがフランス国立パリ音楽院伴奏科在学中の伊藤順一さんで、受講曲はソナタ第3番BWV1016。最初にTAMA音楽フォーラムの岡山潔代表から、小林先生がなぜ今回、チェンバロでなくヴァイオリンとピアノでセミナーをするかについて、あとで説明があるとの挨拶でレッスンが始まった。まず、第3番の全4楽章が演奏された。
小林先生から「全体として、ヴァイオリンが支配しすぎている。第1楽章の鍵盤は分厚く右手が難しく書かれているが、和音としての演奏になってしまっていた」。また第1楽章のヴァイオリンについて「長い音の後の動き出しははっきりしたほうがいい時とそうでないときとがあるが、ここでははっきりしすぎないほうがいい」。「第3楽章は遅すぎないように注意したい。バロック音楽の遅い楽章は遅くなりすぎないほうがいい」などの注意があった。
そして、バロック時代の音楽について、ニコラウス・アーノンクールの「古楽とは何か」(邦訳音楽之友社1997年)の第5章「アーティキュレーション」を引用しながら、今回の講座全体への言及があった。小林先生はアーノンクールによりながら、バロック音楽は当時の生活全般と同じく、全ては階級的に段階づけられていたという。音符にも高貴なものと卑しいもの、良い音符と悪い音符があった。たとえば4拍子の場合、1拍目は高貴で2拍目が卑しく、3拍目はそれほど高貴でなく、4拍目は惨めというわけである。このようなバロック音楽の基本と言える階級的な骨格は拡大されて、小節群や、楽章、また曲全体にも緊張と弛緩として現れる。もちろんこの図式通りに音楽が進めば単調で退屈になるが、不協和音がテンションとして現れる。不協和音は常に強調すべきだが、不協和音の解決は、消えていくように弱まるのが常道である。この階層性は音の上下、上方音形と下方音形の違いにも当てはまる。つまりバロック時代の音符を見れば、だいたいどう弾けばいいかがわかるようになる。特にJ.S.バッハなどの大家の勉強はとても大切なのだ。バロックの基本を押さえておくと、バロック以降の音楽にも応用できる。だからこそ、今回のバッハのソナタの講座では、チェンバロではなく、鍵盤楽器として現在、最も一般的なピアノとの編成で勉強したいと思った。以上のように小林先生は今回のセミナーシリーズの基本的な考えを述べた。
公開レッスンはさらに小林先生の綿密な指導と、折々のヴァイオリニスト桐山先生の見解を織り込みながら進行した。細部の再現は不可能だが、主な点だけを書き抜く。
* 受講生が第1楽章を演奏する。「ホ長調の陽が射していて、次第に模様が変わる」「ずっとホ長調が続いていると、そうでなくなる時の喜びもある」「いろいろ言ったが、これをヒントにもう一度演奏しませんか」と言われて再演すると、音楽の流れがずっと良くなった。
* 第2楽章について「少しメカニックな気がする。もう少し軽やかな方がいい。また、テンポは人によってふさわしいテンポがある。いろいろ試すといい。少し羽目を外す気でテンポを探って欲しい」。
* 第3楽章について。「アダージオと書かれると遅く演奏しがちだが、本来アダージオは「静か」という意味、テンポよりも雰囲気だと思うがどうだろう。バロックは遅すぎないほうがいい。3拍子が感じられ、普通に歩ける静けさで・・・」。
* 不協和音の部分で小林先生が実演しながら「不協和音のテンションを考えるといろいろなことが見えてくる」。
* 第4楽章の三連音符が続くところで。「もっと自然に。テンポにこだわり過ぎて多少ぎこちない感じ。しかし二人とも急がないで慎重に進んで欲しい。84小節目は急がずに、91小節もカデンツだからしっかり打ち出す。」
*バロックの公式では、音型が下がるときは柔らかく、小さくなるように。大体、1800年で線が引ける。それ以前は階級的バロックだが、そのあとは、楽譜に克明に書いてあるようになる。マーラーとモンティヴェルディが同じオタマジャクシを使っているのは不思議だが、マーラーをやるつもりでモンティヴェルディに当たるべきでない。
公開レッスンのあと、コンサートに移り、バッハのソナタ第1番と第3番が演奏された。批評はおろか、感想も控えるべきだが、見事な演奏で、これがどのような音楽であるのかが小林先生の克明に進行するピアノで次々に明らかにされた。桐山先生の演奏も古楽奏法の中にロマンの表情がにじみ出ていた。アンコールとしてバッハの3番目の息子、C.P.E.バッハのヴァイオリンとピアノのためのソナタホ短調の冒頭楽章が演奏され、大バッハの後の多感様式による新しい時代を覗かせてくれた。
最後に岡山潔代表が次の小林先生のバッハのソナタの公開レッスンは来年9月になると予告した。
(記録者:西谷晋)
「フランス音楽の楽しみ」
2014年10月19日(日) スタジオ・コンチェルティーノ
講師 青柳いづみこ(ピアニスト・文筆家)
共演 クリストフ・ジョヴァニネッティ(ヴァイオリニスト)
会場で配布されるプログラムの裏面の演奏者プロフィールに「演奏と執筆を両立させる稀有な存在」と紹介されている青柳さんだからこそ、レクチャーとコンサートを一人でやりおおせてしまえるわけだ。しかも、演奏面では「これまでリリースした9枚のCDが『レコード芸術』誌で特選盤となり」、数多い著書は「吉田秀和賞、日本エッセイストクラブ賞、講談社エッセイ賞、ミュージックペンクラブ賞などを受賞している」(演奏者プロフィール)というのだから、まさに折紙付きの稀有さである。
だから、会場に現れた青柳さんの、飾り気のない、ざっくばらんと言いたいくらいの率直な語り口はちょっと意外でもあった。コンサートの最初は、めったに全曲を聴く機会のないガブリエル・ピエルネ(1863~1937)のピアノ曲「子供のためのアルバム」。6曲からなる組曲で、第6曲『鉛の兵隊のマーチ』がよく知られているが、青柳さんにとっては第5曲『昔の歌』が思い出深いという。恩師・安川加寿子さんに入門して、最初の発表会で弾いた曲だそうで、「転調の妙は、モーツァルトに通ずると思います」。
ここから、話題は安川さんの回想になり、「1歳の時にフランスに移られて、とてもうらやましい豊潤な文化の中で育った方なんですね。言葉少なで、レッスンの時は『急がないでね』と『間違わないで』しかおっしゃらなかったような印象なんですけど、でもそんな安川先生がフランス語だととってもおしゃべりになることが、或る時わかったんです」。ユーモアを滲ませながら敬愛する恩師について話す口調は、まことに滑らか。思い出は尽きないようで、詳しくは青柳さんの著書『翼のはえた指』(評伝・安川加寿子)で味読することができる。
次のプログラムもピエルネのヴァイオリン・ソナタ Op.36。ここで、ヴァイオリンのジョヴァニネッティさんが登場する。原タイトルが「ヴァイオリンとピアノの」ではなく「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」となっていることを指摘し、「これもモーツァルトと同じですね」。確かにピアノ主導の華麗な曲想で、意気の合った協演が繰り広げられた。ジョヴァニネッティさんは、演奏者プロフィールによれば「パリ音楽院、ブカレスト音楽院に学び、イザイ弦楽四重奏団、エリゼ弦楽四重奏団を創設、自ら第一ヴァイオリン奏者をつとめた」逸材で、岡山潔・TAMA音楽フォーラム代表が「青柳さんのパートナーの一人で、CDで聴くと、とても面白い演奏をする方です」と紹介してくれた通り、奔放で自在な弾き方が印象的だった。
休憩後の第2部は、長年にわたって青柳さんの、演奏と著作の両面に渡る研究対象であるクロード・ドビュッシー(1862~1918)の作品で構成された。まず青柳さんの独奏で「前奏曲集第1巻」から「デルフの舞姫たち」と「沈める寺」。次いでドビュッシーの歌曲、ピアノ曲をハンガリー系米国人ヴァイオリニスト、アーサー・ハルトマン(1881~1956)がヴァイオリンとピアノ用に編曲した「巷に雨の降るごとく」と「ミンストレル」が二人で演奏された。
青柳さんによれば、ハルトマンは1908年からパリに移住してドビュッシーと親交を結び、二人でコンサートを開いたこともあるという。アンコールで演奏されたグリークのヴァイオリン・ソナタ第2番(第2楽章)も二人の演奏曲目だったし、アンコール2曲目の「亜麻色の髪の乙女」もハルトマンの編曲。というわけで、プログラムには青柳さんならではの一貫性が仕掛けられているのだった。
コンサートの締めくくりは、ドビュッシー晩年の傑作「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」。「ほんとは沢山しゃべりたいんですけど、ちょっとだけ」と言いながら、このソナタがガンの苦しい治療の中で書き進められたこと、未完のオペラ『アッシャー家の崩壊』のモチーフが散りばめられていること、などが語られた後、見事な演奏が繰り広げられた。
終演後、「お話と演奏がとてもいいバランスで進められて、この場所にふさわしい催しになりました」という岡山さんの締めくくりの言葉に、満員の聴衆は深く頷き、大きな拍手が起こった。
(舟生素一)
ニューイヤーコンサート~高野耀子ピアノリサイタル Vol.2~
2015年1月12日(日) スタジオ・コンチェルティーノ
講師 高野 耀子(ピアニスト)
ことしのTAMA音楽フォーラムの幕開けは高野耀子(こうの・ようこ)さん、昨年2月2日、ここで大きな感銘を残して以来の2回目の登場である。83歳とは思えぬ若々しさの高野さん、「レクチャー」でなにを話そうか困ったと笑いながら、楽器と演奏者の関係ということから話が始まった。4年間居候をしたミケランジェリは楽器にうるさいと思われているが、普段はアップライトのピアノを弾いていた。音はイマジネーションの問題であって、考えれば出るものだと彼は言っていた。自分が想像していないと思った音は絶対にでないというわけです。わたしは40歳になるまで自分のピアノを持っていなかった。転々としていたから、大体アップライトの貸ピアノで済ましていた。たとえば、レンブラントの名画の筆のタッチのように、ピアノの鍵盤も叩くものではない、撫でるものなのです。さっきから話すのに胸がドキドキしています、と話を切り上げてピアノに向かった。
最初はモーツァルトのソナタニ長調K311が3楽章通して演奏された。続いて、モーツァルトのロンド イ短調K511。明るく晴れやかなニ長調の後だけにイ短調ロンドはモーツァルトの心の陰りを示した。この陽と陰の対照が見事であった。
次のショパンの華麗なる変奏曲 変ロ長調 作品12について高野さんは「ショパンの初期の作品で、当時はやった唄を主題にして、そのテーマのまわりにいろいろのものが来るという曲です」と短く語ってすぐ演奏に入った。ここでは、ピアノから実に様々な音色が響き出すさまに満席の聴衆が聞き入った。
休憩のあとはフランス音楽である。まずフォーレの3つのノクターン作品33の3曲、つまり、第1番変ホ長調、第2番ロ長調、第3番変イ長調が演奏された。これに先立ち、高野さんは語った。「フォーレは本当に演奏が難しいのです。ミケランジェリはフォーレが嫌いだったようですが、実は彼は初見がきかない人なのです。意外でしょう。それが理由だと私は少し勘ぐっています。ともかくもフォーレは特別です。今日弾く第3番も数ヶ月取り組みました。そして、それから弾くと本当にすごい喜びが湧き出るのです」。高野さんの演奏したフォーレはノクターンという夜のぼんやりした情感というよりフランス的な明晰さで音が粒立っていた。
つぎはラヴェルのソナティネで、高野さんは説明なく、3つの楽章を弾いた。そして、同じくラヴェルの「水の戯れ」では、演奏前に聴衆に語りかけた。「ラヴェルの先生はフォーレです。まだパリ音楽院の学生の時にできた作品です。ラヴェルと一緒に勉強していたエネスコの回想によると、ある日、フォーレのクラスでのこと、先生のフォーレがラヴェル君、『水の戯れ』を弾き給え、と命じて、ラヴェルがそれを弾き終えると、諸君、今日のレッスンはこれで終わり、といったそうです。この曲は『水の流れにくすぐられて笑っている河の神』(アンリ・ド・レニエの詩)がエピグラフです。ベルサイユ宮殿の泉に想を得たといいますから、自然の泉ではないですね。ラヴェルの楽譜は複雑で、指が交錯するので交通渋滞のようになりがちです」といいながら、演奏を始めた。ラヴェルの青春の記念碑と言える名品である。
以上でプログラムは終わり、熱心な拍手に答えてのアンコールはショパンのノクターン第4番 ヘ長調作品15の1。さらに、もう一つJ.イベールの「小さな白いロバ」(1922年)という曲が演奏された。高野さんが7歳の時、発表会で弾いた思い出の曲だから、これは暗譜で弾けるという。ロンド形式のABA+コーダの曲だが、7歳の時にはABAのあとにBに戻ってしまったが、そのあとは無事に終わったと笑いながら、この可愛い小品を慈しむように奏でた。
この日、TAMA音楽フォーラムの岡山代表から、高野さんが今年7月に北海道でリサイタルを開くとの報告があった。今年7月、札幌の六花亭本店7階に「ふきのとうホール」という室内楽ホール誕生する(ホールの音楽監督に岡山潔氏が就任)。このオープンを記念して7月5日から31日まで25回にわたる室内楽コンサートが開かれる。高野さんは7月27日(月)に登場して、この日のプログラムに近い曲を弾く予定という。
最後に高野耀子さんの経歴をごく簡単に記しておく。
1931年パリに生まれる。両親は画家。4歳でピアノを始め、7歳からマグダ・タリアフェロ女史に師事。このあと日本とフランスを行き来して1950年代にドイツでハンス・リヒター=ハーザーに師事。翌1954年、イタリアのヴィオッティ国際コンクールで優勝。それからの10年間、世界各地で多忙な演奏活動を展開する。自分の演奏に疑問を抱き、旅の連続の生活に嫌気がさして、1965年演奏活動を休止し、4年あまりミケランジェリに弟子入り。1979年から東京に住み、時々演奏し、小学生から超熟年の人々に教えながら、ゆったりとした日々を過ごしているとは本人の言である。
(記録者=西谷晋)
即興と編曲の妙 vol.2
2015年2月14日(日) スタジオ・コンチェルティーノ
講師 後藤 勇一郎(ヴァイオリニスト、作曲家、編曲家)
共演: 杉浦 清美(ヴァイオリニスト)
楽器の花形ヴァイオリンは16世紀の半ばに生まれたとされ、当初から完成度が高かったという。北イタリアのアマティやグァルネリ一族、ストラデヴァリといった製作者たちが18世紀の中ごろまでに残した名器は、未だにこの楽器の最高峰であり続けている。タルティーニ(1692~1770年)、パガニーニ(1782~1840年)、サラサーテ(1844~1908年)らの伝説的名演奏家が出現、彼らはそれぞれ、「悪魔のトリル」「24の奇想曲」「ツィゴイネルワイゼン」など、俗に言う超絶技巧を要するヴァイオリンの名曲を残している。その一方、技術革新の結果、弦や弓には改良が加えられ、演奏技法も大きく進歩したので、現代の第一線ヴァイオリニストが今から数百年前のヨーロッパにタイムスリップして人びとに演奏を聴かせたら、「魔術師」とか、「悪魔の化身」とか評されるかもしれない。つまり、ヴァイオリンは楽器も、曲とその演奏も、きわめて高い水準に達していると言えるだろう。
そんな現状に甘んじることなく、ヴァイオリンの可能性を現代の視点から追求し続けているのが、本日の講師、後藤勇一郎氏(ヴァイオリニスト、作曲家、編曲家)だ。過去の名曲を演奏するだけでなく、自ら作曲し、音楽という大きなジャンルのなかから曲を選んで編曲、演奏する。2013年8月の第29回セミナー「後藤勇一郎の私季―ジャンルの垣根を越えた表現力と即興、編曲の妙」に続く2回目は「即興と編曲の妙Vol.2」と題して10曲を演奏し、講演した。
実は岡山潔TAMA音楽フォーラム代表や後藤さん自身が明らかにした通り、ピアノを受け持つはずだった小池ちとせさんが不慮の事故に遭って左肩を骨折、しばらくは演奏ができないため、急きょセミナーの中身を入れ替え、後藤さんの東京藝術大学時代の同級生で夫人のヴァイオリニスト、杉浦清美さんとのデュオを柱にすることになった。小池さんは聴講者席で聴き手に回った。
セミナー前半はまず、後藤さん作曲の独奏曲「SAKURA-Hakanaku」の演奏で始まり、自己紹介のあと、イタリアの作曲家モンティ(1868~1922年)の曲を後藤さんが編曲したハンガリー風の「Chardas(チャールダーシュ)」、1964年に公開されたフランスのミュージカル映画「シェルブールの雨傘」の主題曲(ルグラン曲・後藤編)、ディズニー映画の主題曲メドレー(後藤編)と続いた。いずれも後藤、杉浦の息の合った2重奏で、ピッチカートの競演(協演)など、とても素晴らしい。「(ヴァイオリンの)デュオは音域が狭い、つまり低音が出ないので支えがないが、究極のアンサンブルだと思う」と後藤さん。
前半の最後は、ヴァイオリンとピアノ伴奏で作曲し、盟友の村山晋一郎氏(ロサンゼルス在住)にアレンジを依頼した「Glorious Season’s Poetry」で、ドラムスに村山氏本人のヴォーカルも加わり、ビートが効いた「輝かしい季節の詩」に仕上がった(セミナーではヴァイオリン以外は録音)。こんな「協働」も楽しい。
汗っかきを自称する後藤さん、後半は上着を脱ぎ、新しいシャツに着がえて登場した。弾くのは10年ぶりというブラジルの作曲家ジョビン(1927~1994年)の「One Note Samba」(後藤編)を独奏。次いでイギリスの作曲家エルガー(1857~1934年)の「愛の挨拶」をとりあげた。婚約者(後のアリス夫人)のために作曲したとされ、もともとヴァイオリンとピアノの曲だったのを後藤さんが編曲、東京藝大時代の先生である岡山代表が上のパートを、後藤さんが下のパートを受け持った。きっと「師弟愛」的に編曲したのだろう。次いで、岡山夫人の服部芳子さんと杉浦さんが加わり、後藤さんがヴィオラに持ち替えてヴァイオリン3、ヴィオラ1の珍しい四重奏。目を閉じると、普通の弦楽四重奏のようにも聴こえるところがあって面白い。会場はおおいに盛り上がった。
終盤の3曲はいずれも後藤さんの曲で、2匹の愛犬の名「みぞれ」と「ゆき」に季節感を重ね合わせた「Sleet from Snow」、ワルツ組曲「私季」より「Wintry Waltz」、そして同「Haltz」。順に春へ向かう感じ、冬の寒さと寂しさ、楽しさなどを込めている。Haltzとは、どこか外国の地名かと思ったが、「春+ワルツ」ということらしい。
今日のセミナーで後藤さんが披露した10曲は実に幅が広く、自作のほか、いわゆるクラシックや映画音楽、サンバなど多彩だ。バッハとか、モーツァルト、ベートーヴェン、ブルックナーらの大作曲家やアメリカのジャズを持ち出すまでもなく、即興演奏は音楽の本源だろうし、一方で編曲は既存の曲の解釈だったり、新しい可能性の追及だったりするのではないか。後藤さんにはクラシックという「岩盤」が備わっているので、ポピュラーなジャンルに手を広げても、その質感が伴っているように感じる。また、昨年11月には神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社で「奉納演奏会」を開くなど、自由な発想、行動力を併せ持っている。ありきたりの言い方だが、ある高い次元で新旧、硬軟が共存、共鳴あるいは衝突するなかで新しい何かが生まれる――後藤さんのさらなる挑戦には、そんな期待がかかる。
なお、最近発売された後藤さんのCD第2弾「私季II-Affinities-」(全11曲)には、「SAKURA-Hakanaku」をはじめ、セミナーで演奏した自作の5曲も収録されている。
(走尾 正敬)